嬢ちゃん!・・・えっ?

『じょうちゃん、ほら こっちの蕾なんかいいよ!』

聞き違いでなきゃ そう聞こえた

 

買いものへ行く道の植え込みに 今年も芍薬が 咲いていた

先に 老人車を押した(少なくとも私よりはかなり年輩の)方が 携帯で写真を撮っておられた

わたしも!と思って写真を撮っていたら 声をかけられた

 

むひぃ~~~

どうしょう!

あのお歳になると 女は嬢ちゃん、なんだろうか?

 

それから 

わたしの頭の中で 

「じょうちゃん」と「?」がいくつも浮かんで 消えないよ

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今日も 暑くなるそうだ

古希≒老いを考える

最後の職場の同僚、3歳年上のGさんから 葉書をもらった

2006年7月 つれあいの怪我入院、付き添いで そのまま退職することになった

 

あの時 「仕事のことは 考えなくていいから…』と 随分気にかけてもらった

急な退職で迷惑をかけたのに

以後 年賀状と 4月の彼女の誕生日に 葉書のやり取りをしている

 

定年のあとも嘱託で数年勤め 退職後は悠々自適の生活に入られて 

習い事や運動に 毎年お元気そうなご様子だった

が 先の葉書には 「古希を過ぎて 病院へ行くほどではないけれど 身体のあちこちが痛くて…」とあった

ちょっと弱気な言葉に 老いを思う

 

古希といえば 数えでいうなら わたしも去年

(誰も古希祝なんてしてくれなかったけど)

 

老いは さまざま

f:id:buunanome:20180420121833p:plain 先週届いたカタログハウスの表紙 

写真を自撮り編集 面白写真の本の出版、個展やらのご活躍をされている、西本喜美子さん(御年89歳)のことを 初めて知った

歳の数だけ 老い方も人それぞれ

 

 

購読しているブログに f:id:buunanome:20180420122854p:plaina-dollさんがいる

たんたんと 簡潔に 毎日書かれる日記は 誰に媚びるわけでもない

そこが 読んでいて魅かれる 

人生の先達として 読ませていただいている

 

わたしより 年長の方や 

どうも歳が近そうだなと思われる方の書かれるブログは いつだって気になる

私くらいの親を持つ 娘と同じ年代の人のブログも気になる

そこには 老いた親が 老いをまさに今 生きているから

 

今 読んでいる本 なかなか読み進められない

『不意に階段を一段降りるような老化の過程』

『中年期はジェットコースターに乗っているみたいに…上がったり下がったり。ときにはいきなり』

『七十の声を聞くと 事体が一変する』

 

それでも

『生き抜くことしか選択肢がない』

 

今の自分に語りかけてくるような

この本の中で生きている人が 自分の身近にいるような

 

久々に 手ごたえのある本

今の自分に もっと『教養』があったら、なぁと切に思う

若いうちに そういうものにふれることに貪欲で生きたかったなぁとも

 

f:id:buunanome:20180420093801p:plain 『人生の終盤を送る人びとの心理と日常を、英国的ユーモアを随所にちりばめながら描きだしたビターでみずみずしい長篇小説』

 

そう言えば いつも前向きな姉の電話が ちょっと変わった気がするのも気がかりだ

 

老いは どんな形で 出会っていくのか、楽しみであり ちょっとこわい

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今朝 歩道の隅っこに咲いていたスミレ

日向のスミレは もうタネをつけ 花もまばら、なのに 建物の陰に咲くここ一角のスミレは 笑い声まで聞こえそう

 

*****

謹んでお断り:御衣黄桜と思ったのは もしかして 鬱金桜? m(__)m

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ブログって…

ありゃりゃ、です

今電話で またまた筍持って行くね~と 知人からの電話あり

どうします、どうしよう…

冷蔵庫の中は まだ筍がいっぱいです

つれあいが 下に受け取りに行ってくれてます

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数多いとは言えないプログの読者であるわたし

ここ続いて 人間関係に鬱々とした記事が重なってます

 

筍がいっぱい、という うれしい悩みじゃない

読んでいると なんか その人のことを想って 

いったんはBコメ欄を開けてみるが 

そこで手が止まる

 

ここでモヤモヤを吐き出す

それはそれで 完結、している

 

誰かの 一言を期待しているとは限らない…

 

まして その人のことを な~んにも知ってもいないのに

 

いつものように頭の中で会話する自分がいて 思いとどまる

たまに勢いで コメントを書いちゃう

 

わたし自身、ブログを 気持ちのはけ口に使わせていただいているし 

写真を撮れば、見て見て!と誰かの承認をそこはかとな~く期待している

☆がつけばうれしいし、ピタッと来るコメントをいただくと 心の中がキラキラする

 

でも 書いたぞ!というだけで 自己満足している、ともいえる

 

ネットの世界は 不思議だ

プログの記事だけで 実際お会いしたりもできるし 

まるで永年の友のような気持ちにも すぐに なれちゃう

 

先日 若者の失踪を取り上げたTV番組を見た

年間3万人もの若者が SNSを通じて失踪している 

その多くは 家に 自分の居場所がないと 

失踪する

複雑、というか よく分からないけど そういう現実があるということが悲しい

 

そうそう、これ言っておきたい

(前々からそうだけど)TVドラマに文句が言いたい

犯人もしくは被害者の設定が 『児童養護施設出身だった』っていうのが多すぎる

そういう筋書きが 当たり前のように 使われる

 

腹たたない?

腹立ってます!私たち二人とも(つれあいは 抗議しよう!と 毎回息巻き。まぁまぁと止める、いったいどこに?抗議するんだい?)

元職員だから こんな使われ方が 悔しい

 

使われ方が あまりにも 画一的であることが 悲しい

一番嫌なのは 施設で過ごさなきゃ 生きて行くことができなかった当事者としての視点が描かれないまま 物語られることだ

 

な~んてね、ブログって 

普通の人が 思いを 訴えられる、そこはいいとこ?

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